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ボートとは

ボート競技は究極の団体競技といわれ、クルー全員の一体感が大切なスポーツです。調和した漕ぎ手の動きと水面を進む艇、そしてコックスのレースの駆け引き等、ボート競技の魅力は数多くあります。日本においては、ボート競技者のメインは大学や実業団ですが、ボート発祥地である欧米諸国では、一般市民の間でも盛んに競技が行なわれています。 ボートのレースは、主に直線コースで行なわれます。距離はレースによって異なりますが、基本は1000mレースが多いようです。国際大会等では2000mのレースがメインです。ルールはいたってシンプルでスタートの合図とともに漕ぎ始め、先のゴールを先に通過した艇が勝ちます。

歴史

同志社大学ボート部は1891(明治24)年に端艇部として成立した同志社大学の中では最も古いクラブの一つです。1899(明治32)年の大日本聯合端艇競漕大会で優勝、1925(大正14)年の全日本レガッタで準優勝。そして昭和に入り、スライディング式の艇に変わってからは徹底したエイト中心主義を貫き、関西のトップクラスで活躍してきました。それまで全日本クラスの大会成績は今ひとつ物足りないものがありましたが、1962(昭和37)年に大津市瀬田に合宿所ができるとそれまでの先輩方の鬱憤を晴らすかのように実力が向上し、1966(昭和41)年の全日本選手権で3位にはいったのを皮切りに1967(昭和42)年に同選手権で2位、1968(昭和43)年には慶応義塾大学を僅差で破り悲願の初優勝を成し遂げ、これは関西勢としての全日本エイト初優勝という快挙を成し遂げました。その際、我が国のボート史上2位のタイムを出した同志社クルーは、メキシコオリンピックに出場するという栄誉に輝きました。オリンピックでは力漕むなしく最下位という結果に終わってしまいましたが、翌年の1967(昭和44)年にはメルボルン大学を招いての全日本選手権で他のクルーをよせつけないレース展開で見事に2連覇を達成。ボートは関東だけのものではないことを同志社エイトは証明しました。
その後も1973(昭和48)年には全日本選手権で3回目の優勝、1974(昭和49)年には3位、1975(昭和50)年には全日本大学選手権で3位の成績を残しています。朝日レガッタにおいても1967(昭和44年)、1969(昭和46)年、1977(昭和52)年にエイトで優勝しているものの、関東での成績は良くなく、以後、関西においても決勝進出がやっとという低迷期が続いていました。
復活の兆しが見え始めていた同志社大学ボート部は1991(平成3)年に創部100周年をむかえ、これを記念に英国のヘンリー・ロイヤル・レガッタに出漕。2001(平成13)年には全日本選手権において舵手なしフォアで優勝しました。2005(平成17)年には100周年事業の延長として老朽化していた艇庫を改築、2013(平成25)年には朝日レガッタにて舵手付フォアにて優勝。同年新合宿所Wild Rover Houseが完成し、充実した練習環境が整備されました。2022(令和4)年には全日本大学選手権にて男子エイトが準優勝、2023(令和5)年には全日本ローイング選手権にて軽量級女子ダブルスカルが準優勝を成し遂げました。現在は全日本大学ローイング選手権でのエイト優勝を目指し日々練習に励んでいます。